10番目という月
赤毛喋りたおし(笑)
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「天使・改」 第17話(更新中)
似合わないと自覚しながらも塾の講師として糊口を凌ぐ槻田裕資。
かれにはみずからを討ち滅ぼしてしまいたい暗い衝動がある。
またいっぽうでのがれようのない快楽に走り、夜毎男たちにからだをあたえて歩く。
裕資をシニカルに見つめる高校教諭の嘉数通と、裕資に偏った情熱をいだく佐川という中年男がともにもつれて話がすすんでいく。
「海」 第18話(更新中)
うだるような猛暑のなか、居酒屋にあらわれた痩身の男。居酒屋を経営するわたし、赤毛の商人、そしてこの正体不詳の男とのつながりと不可思議な循環について。
「ベール」 全18話(完結)
アパレルデザイナーの卵である折金姉の制作したウェディングドレスまがいの代物を、折金は恋人の下篠に「着てみてくれないか」と手渡す。
ともに人目をひく美形なのに少々変態がはいったふたりの恋人同士の話。
改造ブラジャーを着用するのに四苦八苦してみたりドレスを着て自慰をしてみたりと、プチ変態ぶりを展開する。
「周ちゃんと尚ちゃん」 全84話(完結)
ちらかり放題の尚一の部屋でAVを観ていたふたりだが、尚一は友人の周二にむかってじつにあっけらかんと「セックスしない?」と持ちかける。
なんとか急場をしのごうと周二は「じゃあおれのまえでオナニーしてみろよ」と戯言のつもりで言いすてるが、それが逆に周二自身をおいつめる結果となってしまう……
臆病で傷つくのを畏れる卑怯者の周二と、美貌で人懐こくほしいものに対しては躊躇しない尚一のふたり。
性格のまるで食い違うふたりの人間の葛藤。
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【真ちゃんしょーご】カテゴリ
りずむさん作『一緒にいたっていいじゃんか!』にはじまる、真一と省吾、および優太の登場する一連のシリーズ小説があります。
これらを偏愛するあまり、作者のお許しを得てカテゴリを作り二次小説を書かせていただいています。
「にゃー」 全58話(完結)
にゃーというひとりの仔猫からみた飼い主の恋模様。
ずっと省吾に恋していた知花鼎と優太とのあらたな恋のはじまりまで。
「犬猿の仲」 全3話(完結)
関西人だという真一のいとこ。真一とこのいとこがうりふたつなのを知った省吾の放った台詞は……
「留まる男」 全3話(完結)
「おまえの寝顔はきらいなんだおれは」といいはなつ真一と、ちらつく深い過去をいだく省吾のひと夜。
「名前」 全42話(完結)
死の象徴たる黒い扉からのがれようとする省吾と、真一と省吾を永遠に見ていたいと願う優太との奇妙な情交。
りずむさんのブログへ
『愛があればBLだって ―純愛主義者の妄想のかたまり―』
http://blogs.yahoo.co.jp/rhythm2005yuumi
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【短篇】
「生き霊」 全2話(完結)
義理の息子と共寝する父親。ふたりのはげしい情交場面を漂いつつながめやる生き霊の正体。
「告白」 全2話(完結)
毎日昼時になると「好きです」と告げにくる時報男。フライヤー(チラシ)校了にこぎつけるまでの会社内での馬鹿馬鹿しい一騒動。
「乳首記念日」 全3話(完結)
わがままで変態な会社の先輩とそれにつきあう美形の後輩。ムードのかけらもないが惹かれ合っているふたり。ただし死んだってそんなことは口にしない。
【掌篇】
7月の萌えどころ満載のこのカテゴリ。自分的ネタの倉庫でもあります。
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【コラボ企画】カテゴリ
「同じ登場人物、同じ設定にもとづいて」それぞれ同日に掌篇をアップする、という企画です。
同設定であってもどれだけ書き手によって色合いがちがうか個性がちがうか、ということを楽しむのを眼目としています。
「異」 全4話(完結)
ひとのからだに貼りつけられた札を好物とする「異」。
恋人と別れからだをもてあます幾は変化たるこの「異」をひろい、共寝にいたるが、かれは自身に「札」が貼られているとは知るよしもなかった。
「喋る男」 全1話(完結)
口からさきに生まれたようなお喋り男の口を封じ、「どれだけきみを愛してるか知ってるか?」と告げる男。
「For You」 全2話(完結)
才能をやっかまれたふたりのストリートミュージシャンが男たちに理不尽なレイプをされてしまう。
「くちづけ」 全3話(完結)
「キス」の概念を忘れてしまった青年。そのことでひどく懊悩しつつ恋人と交わった結果は……
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海 18(※R15)
「きみは、もどる、といったか?」
「もどるんだよ」と赤毛は片瞼を揺すり、
「おれは、というか、こいつは、このあとじきにもといた位相にもどる。
なにも好きでそうするわけじゃない、ここまでこいつをひっぱりあげたのも海なら、また振り子が帰るみたいに6年まえのあの難破の年まで引きずりもどすのも海の意向だ。
もどされるんだ、問答無用であの年まで。
もっともそれでなきゃすべての辻褄がまるであわなくなってくるだろう?
もとの位相にもどされて、めでたくその年の晩夏にはじめてお会いしましたってな面をして、この居酒屋におれは顔をだすわけさ。
船に乗るのはもう金輪際ごめんだったがとりあえずはまえの商売をなぞり、砂色だった髪をあのとき居酒屋で見たおれ、二階右奥のこの部屋でおれとセックスした男がそうしていたように、根元まできっちり赤く染めて。
思い返すんだが、あのときおれをこの二階の部屋で抱いた男がほかでもないおれ自身だとはいまでも感覚として肯んずることができにくい。
なんていったらいいのか躊躇するが、あれは、おれでいながらまったくおれじゃないんだ。
あのとき疲労困憊してふらふらだったおれをああも貫いておれをよがらせたのは『おれ』というもうひとりの世界の男だよ。
ずっと数かぎりなく平行につらなっている幾条ものおれたちなんだ。
おれでありながらはっきりとした他人なんだ。
もちろん、そうでなけりゃどうして自分が自分をそうと認識していて抱くなんていう奇怪な真似ができるかね。
あのときのおれがね、おれを抱いたあの男がなんどもおれの耳許に呪文としてつぶやいたことばをよく覚えている。
永遠に忘れられない声だった、誦呪だった。
おれを抱きながら、おれのからだをその陽物でいくども狂おしく突きながら、息がついていけないくらいにはげしく愛しながら、循環をこわすな、環をやぶるな、よけいなことはするな、けしてここからはみ出すなと、ぐるぐると何度もね。
要するに刷り込みをつづけたんだ。
けして忘れないようにと、嵐で嬲られるみたいな深い快楽とともに、これからしなければならないことをしっかりとおれのなかに植えつけていった。
ぜんたいなんて睦言なんだろうな、これは?
『いまのおまえはそうもよろよろのなりで、おれが勢いだけでおまえを抱いたと思ってるだろう。
まあじっさいに勢いなのにちがいはないな、おれがおまえを抱くなんというのはね。
この循環のなかでのおれたちはどこまでいっても手も脚もでない恐怖にしばられている。
この環のなかでしなければならないことをしおえてここから抜けだすまでは、少しもぶれるつもりはおれにはない。
毛頭ない。
いいか、おまえがこれからしなければならないことはいくつもない。
よく刻んでおくんだ。
おまえはこれからもとの位相にもどる。否応もなくもどされる。
それはおまえが難破にあった時間からいくらも隔たっていない。
気まぐれとはいい条、じつにすばらしい海の手並みといわざるをえないな。
いまのこのおれのすがたをおまえはいやというほど見たな?
おまえとおれとはなにがちがう? 髪だ。髪を染めるんだよ。
そのあと海辺からいくらも離れていない一軒の居酒屋を探せ。
おまえが今晩たどりついたほかでもないこの店だよ。
このちいさな店は役というおれより年長でひとりものの男が細々と経営している。
ここの主はひどく冷静な男だが、そのうち明けても暮れてもおまえのことをほしくてほしくて矢も盾もたまらないようになる。
深く愛してくれるようになるんだ。
おまえはこの男を6年ものあいだしっかりつなぎとめておかなけりゃならない。
好きだとかなんとかはっきり言明する必要はないが、この男の鼻先に馬よろしくいつでも人参をぶらさげておくんだ。
巧妙に煽り立てて愛想づかしをする間際まで気を惹いて6年間待たせろ。
やがて6年目の酷暑の夏にこの店に難破したおまえがたどりつく。
おまえはそいつを待っていた。もう長いこと待ちわびていたはずだ。
そいつをおまえが抱くんだ。おれがいまこうしたようにな。
おまえはおれでありながらまぎれもなく別条のおれだ。
おれという他人だよ。大丈夫だ、ちゃんと抱ける。
おれだって抱けただろう。
どうだ? よかっただろう、おれとのセックスは?
おれに穿たれてあれほど声をあげた。
おれもおまえのなかで擦りたてて締めつけられるのはほんとにたまらなかった』」
(「海 19」につづく)
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海 17
「そうだな」とかれは、
「じっさい待ってたんだよな、おれは。
よくきてくれたと、おまえがこの店にあらわれなかったらこの循環はいったいどうなるんだと、おれは6年目のこの夏をどれだけやきもきして待ちわびて暮らしたかわかりゃしない。
おれがここにあらわれることはわかっていた、それは重々わかっていた、しかしこれはあくまでもひとつまえの循環であって、けしていまこのときの環の話じゃないんだ。
海のやつにいいようにもてあそばれて振り子みたいに振りまわされて、ぜんたいどうしておれだけがこの閉じた循環に服従しなくちゃならないんだと嘔吐の思いで、それでもけしてこの環から抜けだそうとはしなかったよ、おれは。
そんなことは怖くてとうていできなかった。
こいつがあらわれて、やっぱり循環は壊れていなかったんだと心底安堵した」
わたしのシャツのボタンはもうあとひとつを残すだけになった。
梁が、とぽつんとわたしはいった、
「3年ほどまえに、きみは天井の梁をとりはずせといった……まえにはそうなっていたからと」
ああとかれは笑い、
「そういえばそんなことをいったか。
あのときいった『まえ』というのは、大風の年からかぞえて6年後にこの店にきたこいつの目でしゃべってたんだ。
つまりいまここに横たわっているこのおれの目でだよ。
だっていま現在ではもう梁はきれいさっぱりとりはずされてるもんな。
こいつはそれを見ている、邪魔者の梁がすでにとっぱらわれてなくなった状態の天井を知ってるんだ。
それからふたたびおれは6年まえにもどったわけだが、それからは1年1年まっとうに年をかさねていったから、感覚としては『まえには梁はなかった』ということになるんだ。
どうだ、ややこしいか?」
少しねとわたしはあいまいに微笑した、ボタンは下まですっかりはずされてしまっていた。
赤毛に奪われてしまった膝まである丈の長いエプロンのポケット内から、いつもそこにおさまっているちいさなメモ帳とペンを勝手知ったるていで引っぱり出すと、商売人だもんなあんたは、とおかしそうに歯をむきだし、
「いいか? これがまずまっとうな時の流れだよ」
いいながらメモ帳を横にひろげ、水平に長々と一本の線を描いた。
「左が過去、右が未来だとする」いって短い線を左右の両端に2本、垂直に書き加えた。
「この左の縦線がいまから6年まえの大風のふいた年、役人が殺された年だ。
で、こっちの右の縦線が6年後のいま、ほかでもないこの男があんたの居酒屋にあらわれた年だと。いいな?」わたしはうなずく、
「二十歳のおれはこの左側の年に難破に遭う、このとき海から思わぬ干渉をうけてぽーんとこの6年ぶんをひとまたぎして右の年まで問答無用でつれていかれちまった」
左の縦線を起点としゆるやかな弧を描いて右の縦線までかれは長い矢印をひいた。
「で、このときはもうすでに天井の梁はとりはずされているし役人が殺されたのも6年まえの話になっている。
そのあとこいつは、つまりおれはすぐまた気まぐれにも左のこの年まで連れもどされるんだ」
右側の縦線からこんどは左の縦線にむけてふたたび弧で矢印を描き直した。
「で、あらためてここにもどされてからおれは髪を赤く染める、体調もおいおいとりもどす、それでやっとその年の晩夏にはあんたの居酒屋に『赤毛の商人』としてはじめて顔をあらわす仕儀になるんだ。
ここからはもうあんたの承知のとおりのおれだ。
ひとつひとつあたりまえに年をかさねていく。
まったくひどい冷夏だったな。今年のしっぺ返しがくるまでは氷みたいな夏だった。
で、この半ばあたりで……」
横線の中央あたりにまた一本短い縦線を書きくわえる、
「あの梁は天井が暗くなるからはずしちまえといったんだ。
結果梁がとりはずされるのはここからさらに3年後のことになるが、おれはすでにいったんその3年後の梁のなくなった天井を見ているんで、時間の流れからいうならまったくもって矛盾するんだが、おれのなかでは『梁のないのをまえに見ている』ということになる」
わたしは緘黙をつづけていた。
いったい海というのはどんな人格者なのかと薄気味悪い思いで思った。
(「海 18」につづく)
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海 16
目を細めたので赤毛の蝋色の両眼が新月じみてみえる。
「そうだな。
ほうほうのていで海からあがってみると、そのときはもう6年かたさきにおれは吹っ飛ばされてたんだ。
もっともすぐにはそうとわかりゃしなかった。
いつもの海、いつもの町、いつもの人間たちだと思ってた。当然だよな。
ふかくプライベートに関わらないかぎりは、まあそういうもんだよ。
しかし一夜の宿を借りた家でまずなにかがおかしいと思ったし、ちりちりした違和感があった。
ひとのあつまるこういった居酒屋なんかをあれこれと渡り歩いていくうちに、うすうすわかりはじめてきた。
自分のおかれているらしい奇怪このうえない状況について遅まきながらもさとりはじめた。
おれが難破のうきめにあったのは、村の役人とその女房がともに強盗に出くわして落命した年だった、とはさっきいったな。
これはこのちいさな村でもかなりの騒動になったんであんたもよく覚えてるだろう。
大風の吹いた年からこっち遡って6年まえのことだった。
おれが船から海中におっぽりだされた年だ。
いいか、このことをよく考えろ。
ところが居酒屋にあつまるやつらは揃いも揃ってこういう、
『あの大風のあった6年まえにはそういえば役人が殺されたな。気の毒したな、まったく奥さんともどもにさ』
はじめはおれはこのことについてどう考えたらいいのかわからなかった。
おれが船に乗りこむほんのすこしまえにその強盗殺人はすでに起きていたんだが、海からようよう這い出してみるとだれもが口を揃えて『6年まえには大風が』『役人が殺されたのは』そうさえずる。
おれは自分の頭がおかしくなったのかと実際慮って胸が悪くなった。
それが夏のことだ」
「6年まえのことはよくおぼえているよ」わたしはぽつりとつぶやいた、
「わたしがその当時つきあっていた女に腕を切りつけられて、ついでに踊り場のはめ殺し窓を割られたのもその年だったからね」
そういえばまえにそんなことをいっていたなと赤毛は笑った、ついでわたしの更紗のシャツのボタンをひとつはずして、
「あんたの居酒屋におれがあらわれたのは偶然だった、いや、それ以上深く考え出すと気が狂うだろうからとりあえずは偶然だったってことにしとくよ。
とにかくろくろくものも喰わず睡眠もとらずふらふらのていだったんだが、あの黒い扉をついて店内に入ってみると、あんたがいる、髭面もチビもいる、それから、おお、おれがいた。
あの止まり木に店の主のような顔をしてこのおれがでんと座ってたんだ。
いちばんに目を惹いた。
なにしろおそろしくでかい図体だし、燃えさかる炎みたいなずらりと長い赤毛だったからな。
もっともこのときでもおれはこの赤毛が6年後の自分自身のすがただとは露ほども思いはしなかったが」
想像するだにそれはいかさま心臓に悪い光景だったろう、扉を排したら自身がこちらを見つめていたというのは。
おれはね、と赤毛はわたしの三つめのボタンにやおら手をかけながら、
「この店にあらわれたときはもう精神的にも肉体的にもずいぶんと疲労困憊していて、かなりの気抜け状態だった。
混乱や錯誤なんかはとうに通りすぎていた。ずいぶんと弱り果てていたんだ。
このわけのわからない状況にぽんと放りだされて、いまにもぶっ倒れそうだった。
だから扉を排したさきで赤毛が、というのはつまりこのおれが、『こっちにこいよ』と声をかけてくれたときにはそのままそこにくずおれるかと思うほど気がゆるんだ。
赤毛がどんなにおれのからだを淫靡に撫でまわしてこようが、はては同衾しないか寝ないかと露骨にさそおうがもうそんなものなんでも構やしないくらいありがたかった。
おれは男も女も好きだからそれまでその手の経験がなかったわけじゃない、だからそういう意味ではあまり気にしちゃいなかった。
それよりなにより、おれのことをまるで心から待っていたのだといわんばかりに受け容れてくれた赤毛の大男がありがたくてありがたくて、セックスさせろといわれようがどうしようがそんなことなんかまったくどうでもよかったんだ。
そうだ、じっさいおれは今晩、この男のことをこの止まり木に腰かけながらひどく心待ちにしていたよ。
おかしいなとまた思わないではいられないだろう。
いったいこれはどっちが先の話なんだろうとな」
(「海 17」につづく)
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海 15
あのときおれはほんとに息がとまるかと思った。
知らせにきたやつときたら、まるであんたが瀕死の重傷をおっていまにもくたばりかけてるみたいな言いぐさをしやがったからさ。
もしかしたら循環はついぞここで終わるもんかと思って、おれはとうてい生きた心地がしなかったよ。
6年ものあいだうまいことやってきて、なんとかかんとかやりすごしてきて、さあもうあとは残すところ三ヶ月かそこらという頃合だったんだから。
そうすればこいつが、言い換えればおれが、ふらふらとあんたの店に痩せさらばえた幽霊みたいなそのすがたを現すはずだったんだから。
なにしろそれでもうこのいまいましい循環はぴたりととじる。
いや、循環そのものはあいかわらずそこに存在しつづけるんだが、このおれは……おれ、というのは単独にかぎるおれのことだよ……おれはこの環からやっとこさ抜けだすことができる。
いつこの循環が壊れるか、そんなばかばかしいような空恐ろしいような、不合理な杞憂に心身をこうもすり減らさなくても、心を砕かなくてもよくなるんだ。
あんたの気持をつなぎとめるために毎晩あんたの目のまえでことさらに煽り立てるような真似をしなくてもよくなるんだ。
そりゃもうざまあみろと小躍りしたくなるほどだったのに、ここにきてそれがみんなパアになっちまうのかと思ったらおれのほうがまったく昏倒しそうだった。
しかしあんたはくたばることもなくちゃんと存在しつづけてくれたし、こうして環の閉じる間際に立ち会ってくれてもいる。
もうじきだ。この環がとじるのはじきなんだ。
心底やれやれだ、というこのおれの口気にどれだけ万感の思いが込められたもんだかあんたにはまあわからないかもしれないな」
ちょっとまえに髭面とちいさい男がふたりしてカウンタに腰かけ交わしていたやりとりをふと思い出す。
ちいさい男が口にしたことだ。
そもそものはじめは親か子かいったいどちらなのだと。
じつに無意味な問答だったが、あの鶏卵はこのさいにはそのまま赤毛の話すこの循環だった。
環のただなかにおいては赤毛のしていることは親でもあり子でもある行為だといえる。
子供となって愛撫される手を入手するためにみずからが親を生むという真似だった。
まさにどちらがさきかという話になるだろう。
つきつめて考え出すと狂気の境にじりじりにじり寄っていきそうだったので、あわてて精神に紗をかけた。
赤毛の野太い声はさらにつづいている、
「だからさ、あんたの店に今晩こいつがあらわれたときのこのおれのポーカーフェースたるやじつに賞嘆すべきものだったろう?
それまでも噂が村をくるくる走りまわっていた。
海からきた男がいると、正体不明のそいつはどこやらの位相からぽんと連れだされた男なんだと、まったくもってこの世のものではないんだと。
そいつはだれでもない他ならぬこのおれ自身なのだと、待ちに待っていたやつなのだとはおれにはすぐと知れた。
しかしそいつが噂だけで立ち消えにならない保障がどこにある?(ああ、これはさっきもいったっけな)
こいつは、またはおれは、ほんとにあんたの店を目指してここまでやってくるのかと、そして店内のいつもの止まり木におれはちゃんと腰かけているのかと、6年まえのようにうまくすべてをなぞることができるのかと、循環を一巡りさせることができるのかと、おれは気が気じゃなかった」
この男がきみだって? とわたしは、かれのからだのすぐそばでほかでもない赤毛に狂おしく攻め立てられ、はげしく愛され、心神喪失し横たわる痩せた男をぞっとして見おろした。
よほどわたしはひどい間抜け面をさらしていたんだろう、少々つらそうではあったが、それでも赤毛は破顔するとわたしのうなじをひきよせてふわりと唇をかさねた。
「こいつがおれなんだ」唇をはなすと赤毛はいった、くだらない戯言にしか響かなかった。
赤毛のおおきな掌でうなじをつかまれたままわたしはしずかに、
「やめてくれ。つまらない軽口なら聞きたくない。
どうして6年まえのきみといまのきみとがここにこうしていっしょにいられるんだ、ばかばかしい」
「文句ならみんな海のやつにいってくれ」掌をぱたりとかれは裏返した、
「髭面とチビがいくどか下で話してたのをあんたも聞いたろう?
海のやつには薄暗くて得体の知れない力があるってな。
むかしからある言い伝えは正解だよ。
考えるにどうしたってこのいまいましい循環の原因はおれの預かった棺だろう。
あれにどんないわれがあったんだかはそりゃおれにはわからないよ、しかし大風がおれの船をプディングさながらにひっくり返してくれたんで、意図せずと当該の預かりものも海にぶちまける結果になった。
いらぬというものを海にやる仕儀になった。
で、薄気味の悪い海の機嫌をそこねたんだ。
なあ、いったいどんな人物だったんだろうな、あの屍は? あの男は?
あるいはそいつだってなんの落ち度もなかったのかもしれないのにな」
(「海 16」につづく)
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