周ちゃんと尚ちゃん その47
すみません遅刻しましたとかけらも恐縮したそぶりを見せずに尚一が講義中の大教室内にずかずかと大股で入ってきた。
ただでさえ大柄な男だというに派手な原色の赤などを着用におよんでいるものだからまあ目立つことこのうえなかった。
砂漠の広告塔もかくやというやつだ。
いらぬ注視をあびるからこちらにくるなと叫びたかった。
自分のとなりがまさにぽつんと空いているのはけしておまえのために空けてあるわけじゃない、ほんの偶然にすぎないのだからこっちを見るなというんだ。
という気持を読みとったかのように尚一の莫迦がためらいもなく満面の笑顔をかざしこちらにむかって歩いてきた。
よくなついた大型犬よろしくまよいもなくすたすたと突進してくる。
机のあいだをすすむあいだもあちこちから学生たちの手がのびては尚一の上っ張りをちょいと引っぱってみたりなまえを呼び交わしては挨拶のかわりとしている。
そのたびにぽろぽろと愛想よくひとのいい笑いをこぼしてまわった。
あんまり笑うな。
「周ちゃん」いいながらおれのとなりにすとんと腰を落とすとひょろりとした長い脚を投げだした。
「尚ちゃんしばらくこなかったね」
尚一の左隣の女の子(ひじょうに美人だった)に声をかけられ「うん。風邪ひいてたんだよー」とやさしい笑顔で応じる。
うしろのやつが手をのばして尚一のくせ毛をぐしゃぐしゃにかき回した。
「なんかオマエますます髪がくるくるしてねえ?」
「してないよー。いつもの通りです。なんで風邪ひいて髪がくるくるするんだよ」
「いやひさしぶりにこの頭見たからさ。どうでもいいけどオマエ髪切れよな。邪魔なんだよものすごく」
「やだよ。わざわざのばしてるんだよこれは。とうぶん切らないもん」
「この髪のせいで前方が見づらいんだっての」
「そんなわけあるか」
おれのとなりでいつまでもじゃれあうな。
いらない愛想をふりまくな。
講義を中断され教壇に突っ立ったまま今か今かとじりじりしていた浅野教授が「各務。もういいか? 再開したいんだがなおれは」とちくりといさめたものだからずっと詰めていた息をやっとすこしだけ解くことができた。
教授はさらに「ああそれから忘れないうちにいっとくけど、あとでかならず課題提出」と注意をうながした。
はいとおとなしく答えてから尚一はこちらをふりむいた。
「周ちゃんもひさしぶりだねー」
いやおまえとは二日まえにそれはもういやというほど会ってるし。
会ったどころかくっついたし。
重なったし。
いじったし。
交差したし。
入ったし。
だがひとこと「風邪ぶりかえさなかったんだろうな」というにとどめた。
訊きたいことはあったがここでは訊けない。
耳目があるところでは死んでも訊けない。
それきり教壇へおもてをむけ教授の胴間声に聞き入るふりをしたがじつにおかしそうに尚一がこちらを見つめていることはじゅうじゅう承知していた。
90分の講義がおわり三々五々学生たちが離席するなか、くだんの課題たる出力紙の束を手に「渡してくるからちょっとまってて」と教授のまつ教壇へと友人は階段を降りていった。
いやべつにおれがおまえをまつ必要はないんだがと思いつつも反射でうんとうなずいてしまい、いったん腰をおろしたのだが、浅野のところへむかう友人を見ているうちになんとなしに自分も教壇のまぢかまで歩をすすめてしまった。
どうも得体の知れぬ、しかも噂では男色家という鑑札持ちである浅野教授のところへ、これまたとりとめのない怪発言をかもす前途を嘱望される成績優秀おいそれほんとか的男子学生が近接しつつあるのを見るのはあまり楽しいながめではなかった。
(「周ちゃんと尚ちゃん その48」につづく)
ただでさえ大柄な男だというに派手な原色の赤などを着用におよんでいるものだからまあ目立つことこのうえなかった。
砂漠の広告塔もかくやというやつだ。
いらぬ注視をあびるからこちらにくるなと叫びたかった。
自分のとなりがまさにぽつんと空いているのはけしておまえのために空けてあるわけじゃない、ほんの偶然にすぎないのだからこっちを見るなというんだ。
という気持を読みとったかのように尚一の莫迦がためらいもなく満面の笑顔をかざしこちらにむかって歩いてきた。
よくなついた大型犬よろしくまよいもなくすたすたと突進してくる。
机のあいだをすすむあいだもあちこちから学生たちの手がのびては尚一の上っ張りをちょいと引っぱってみたりなまえを呼び交わしては挨拶のかわりとしている。
そのたびにぽろぽろと愛想よくひとのいい笑いをこぼしてまわった。
あんまり笑うな。
「周ちゃん」いいながらおれのとなりにすとんと腰を落とすとひょろりとした長い脚を投げだした。
「尚ちゃんしばらくこなかったね」
尚一の左隣の女の子(ひじょうに美人だった)に声をかけられ「うん。風邪ひいてたんだよー」とやさしい笑顔で応じる。
うしろのやつが手をのばして尚一のくせ毛をぐしゃぐしゃにかき回した。
「なんかオマエますます髪がくるくるしてねえ?」
「してないよー。いつもの通りです。なんで風邪ひいて髪がくるくるするんだよ」
「いやひさしぶりにこの頭見たからさ。どうでもいいけどオマエ髪切れよな。邪魔なんだよものすごく」
「やだよ。わざわざのばしてるんだよこれは。とうぶん切らないもん」
「この髪のせいで前方が見づらいんだっての」
「そんなわけあるか」
おれのとなりでいつまでもじゃれあうな。
いらない愛想をふりまくな。
講義を中断され教壇に突っ立ったまま今か今かとじりじりしていた浅野教授が「各務。もういいか? 再開したいんだがなおれは」とちくりといさめたものだからずっと詰めていた息をやっとすこしだけ解くことができた。
教授はさらに「ああそれから忘れないうちにいっとくけど、あとでかならず課題提出」と注意をうながした。
はいとおとなしく答えてから尚一はこちらをふりむいた。
「周ちゃんもひさしぶりだねー」
いやおまえとは二日まえにそれはもういやというほど会ってるし。
会ったどころかくっついたし。
重なったし。
いじったし。
交差したし。
入ったし。
だがひとこと「風邪ぶりかえさなかったんだろうな」というにとどめた。
訊きたいことはあったがここでは訊けない。
耳目があるところでは死んでも訊けない。
それきり教壇へおもてをむけ教授の胴間声に聞き入るふりをしたがじつにおかしそうに尚一がこちらを見つめていることはじゅうじゅう承知していた。
90分の講義がおわり三々五々学生たちが離席するなか、くだんの課題たる出力紙の束を手に「渡してくるからちょっとまってて」と教授のまつ教壇へと友人は階段を降りていった。
いやべつにおれがおまえをまつ必要はないんだがと思いつつも反射でうんとうなずいてしまい、いったん腰をおろしたのだが、浅野のところへむかう友人を見ているうちになんとなしに自分も教壇のまぢかまで歩をすすめてしまった。
どうも得体の知れぬ、しかも噂では男色家という鑑札持ちである浅野教授のところへ、これまたとりとめのない怪発言をかもす前途を嘱望される成績優秀おいそれほんとか的男子学生が近接しつつあるのを見るのはあまり楽しいながめではなかった。
(「周ちゃんと尚ちゃん その48」につづく)
| 周ちゃんと尚ちゃん | 2009-01-13 | comments(-) | TOP↑