悩まない男

奇妙な18禁は続く。

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周ちゃんと尚ちゃん その48

風邪はもういいのかと容態をとう浅野教授に尚一は「おかげさまで」などといかにも人並の応接をしている。


185を超す長身の尚一とならぶとおれはどうしたってすこし見あげるかたちにならざるをえないのだが、この浅野真一という大男は尚一の横に配置していささかの遜色も見いだせなかった。
上背がありまたかなり骨太でもあって文学者にありがちな脆弱さはみじんも感じられない。
なにかしらスポーツでもやっていたんだろうと十二分に窺わせる体格だった。
くそ。ホモ疑惑鑑札つき男のくせに。


と、とうてい公平とはいいがたい私情をまじえた観察眼を展開しているうちにも、図体のでかい男ふたりの会話はつづいていた。
「で、もちろん課題はあがったんだろうなきょう出てきたからには」
「あがりましたよ。もしかしたらリテイク喰らうかもしれないと思ったからわざわざ早めにもってきたんだ。はいこれ」


「早めも遅めもない」むっつりと教授はいった、
「そもそもとうに提出期限は過ぎてるんだ。特例だこれは。温情だ。そのへんのことはわかってるのか?」
「わかってますってば。温情ですよね。よくわかってます。ですから早いとこ内容を吟味精査してくださいよ。どうせ修正しなけりゃならないんなら早いほうがいい。どうです?」
「手書きの文字が汚い」
容赦なく断罪した浅野に尚一は「そんなの!」とむくれていった。


「そんなの名前と学籍番号だけでしょう。くそ、それも本文といっしょに入力しちまえばよかった。あわてて出力したからそこまで気がまわらなかったんだ。いいじゃないですかちゃんと読めるんだから」
「読めればいいとかそういう問題じゃない。おまえ、せっかくのそのよくできあがった結構な頭をそんなくだらないことで溝に捨てるような真似をしてるんだよ。てなことを、どうせこれまでさんざんいわれつづけてきたんだろうが。ちがうか?」


ちがわないけど、と小学生みたいな顔をして唇をつんととがらせている。
そのさまがあんまりいとけないものだからついつい凝視していたんだろう、だしぬけに、すこしはなれたところに腰かけていたおれにちらりと視線をくれるとこの教授はいった。
「そこにいる水埜はおまえなんか逆立ちしてもかなわないようなきれいな字を書くぞ。なあ水埜?」
尚一のふくれっ面はなおもつづく。


「だって周ちゃんちは親父さんが書の免状もってるし」
「親父さんは関係ないだろう」
「お袋さんは料理研究家だし」
「だからぜんぜん関係ないっていってんだ。とりあえずこれはいったん預る。支障があるようなら明日の朝いちばんで突っ返してやる。とうぜんきみはあしたおれの講義に出席するんだろうな」
しますよと答えた尚一にみじかくうなずいてから思い出したようにいいつのる。


「各務、おまえあのメールはなんとかしろ。見るに堪えん」
「メールって」
「メールだよ」ぼそりといって懐からケータイを取りだした。


ところで、またケータイか?
もしかしてあれか?
この教授これが見せびらかしのつもりだったりするのか?
機会さえあれば人前で飽くことなくパチパチ開閉しては悦に入っているのかもしれない。
たとえば好きな女と……いやいやこの男はホモ鑑札つきだったからええと好きな男と仲良く揃いのケータイにしてるとか。
この歳でそれはないだろうと思わないでもなかったが、しかしどうだかわかったものではない、意外性にとむ雅致にあふれたこの男のことだから。


などとのんきに感じ入っていたらふたりの大男がひじょうに近接した。
ほら見ろと浅野は掌のなかのちいさなモニタを尚一にのぞきこませている。


(「周ちゃんと尚ちゃん その49」につづく)

| 周ちゃんと尚ちゃん | 2009-01-14 | comments(-) | TOP↑

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