森 25(スレートグレイ 10)(15禁)
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紙のごとき、からだを裂かれるにも似た苦痛を強いているのはだれでもない鶸茶のはずなのに、裏葉にささやきかけるその声はやさしい、甘い、欲しくて欲しくてたまらない知音にたいする喃語めかしてかすれて溶ける、ふれあっている下肢はどこからどう連絡されるものだかおそろしい興奮を確と伝えていて、とうに痛いほど強直していた。
抱きとめられ、爪を鶸茶の二の腕にぎゅっと食いこませたまま、もどる、と裏葉はつぶやいた。
ついで「来る」とポツリいい落した。
それが、ここまできてやっと鶸茶にも施与された解答だった。
さあ、もどってきたものを迎えよう。
どこまで見たかおまえは覚えているか?
そうだ、鉛色の寒々とした室内に据えられた四柱式寝台にひとり味気なくも取りのこされ、そのきわには痩躯の術者が喬木のようにたたずんでいた。
焼いた石のごとき鉄黒を目框にたたえた少女は、いくども「鶸茶が死ぬ」とくり返した。
死んでしまうと訴えた。
とりつく島もない面差しをいつでもぶら下げる孤老の少女にして、一条の痛苦をすら滲ませてそう反復したのだ。
(死なないよ)鶸茶は述懐する。
もう二藍はいってしまったがだれでもない彼女にそういって聞かせたかった。
死にはしない、ただひたすらじくじくと昏い不愉快な中熱がひかないだけだ。
二藍と情を通じればこれがおさまるかもしれないと思ったのだ。
(死ぬんだよ)ところでそう声をかけたのはそばにたたずんでいた痩躯の男だった。
(きみはグレナーデンの気にやられた。
そのぬるりとした温かい悪気はきみのなかでいまにも増殖と腐食をはじめる。
宙いっぱいに浮標し四隅にもとぐろを巻いているあれらが見えないか。
シュウシュウと音をたてて笑ってさえいるじゃないか。
きみには見えないのか、鶸茶?)
(なんのことだ)鶸茶はささやき返す、(グレナーデンとはだれだ)
瞬刻ためらいがあったが、やがて、二藍の情人だ、と答える。
(情人?)
(そうだ)
(ちがうよ)
(ちがわない。
わたしやきみがこの世に生を授かるよりはるか100年も200年もまえからの愛人だ)
自分のことばにほとほと滑稽を感じたのか、しまいにくつくつと裏葉は暗鬱な笑いを笑った。
(ちがう)頑迷に鶸茶はくり返す、ちがう。
ぎしりとひとつ音をたてて裏葉は半身を寝台にあずけ、大腿のなかでむき出しになったままの鶸茶のしおたれた陽物をやさしく撫でさすってやる。
少女のなかに入ることの許されなかった血のかたまりだった。
(きみのことを知っていた。
もっともきみのほうこそ、わたしのことをいつでも剣呑な目つきで追いすがってはいたが。
どれだけきみが愛してきたか、あのちいさな少女をかつえ求めてきたか、よく知っている。
それはわたしも同じで、息がとまるほどこうも冀求してきたのに、追いつかない、どうしたってぜったいに彼女には追いつけないんだ。
わたしは二藍の命をうけこの家に招かれたが、いかにもわたしでなければだめだといって呼ばれはしたが、それは誰憚ることなく彼女を愛することのできる許可証をわたしに授けるためではけしてなかった。
二藍がわたしを呼んだのはひとえに彼女が自分の死を予測したからだ。
幸か不幸か、わたしを上まわる力をもつ術者がこの地方にはいなかったので、ほかでもないわたしが呼ばれただけのことだ。
みずからの命の終焉を正確に察知したから、わたしを墓守にさせるために招いたんだ。
わたし自身を彼女の棺のこれ以上ない強固な錠前に起用したんだ!
彼女の命運がつきたときわたしはその棺に錠をかける。かならずそうする。
それがこの家に呼ばれたときの、まずもって違えることのできぬ第一義の約定だった)
力なく鶸茶は首をふった、もうひとつもこんな話を聞いていたくなかったのだが、肺臓につまった得体の知れぬかさつくものがじわじわと視界をおびやかしはじめてもいたからだった。
(つらいだろう)なだめる掌を休めずに裏葉は、
(きみが忘れないかぎりその苦痛はずっとつづく。
いまきみの肺いっぱいに巣くいはじめているのは、あのぬばたまの両眼をもつ男の放った気だよ。これらが、)
いいさし、さえざえとした熨斗目色の目で四囲の塵めいたわだかまりを示す、
(なにもしていないと放言してはばからなかった男の、これが無意識だろうがつまらぬその結果だ。
きみが彼女との記憶を身内にかかえているかぎりは両肺は圧されつづけ、しまいには死ぬだろう。
二藍がいったようにきみはまちがいなく死ぬんだ)
(「森 26」につづく)
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紙のごとき、からだを裂かれるにも似た苦痛を強いているのはだれでもない鶸茶のはずなのに、裏葉にささやきかけるその声はやさしい、甘い、欲しくて欲しくてたまらない知音にたいする喃語めかしてかすれて溶ける、ふれあっている下肢はどこからどう連絡されるものだかおそろしい興奮を確と伝えていて、とうに痛いほど強直していた。
抱きとめられ、爪を鶸茶の二の腕にぎゅっと食いこませたまま、もどる、と裏葉はつぶやいた。
ついで「来る」とポツリいい落した。
それが、ここまできてやっと鶸茶にも施与された解答だった。
さあ、もどってきたものを迎えよう。
どこまで見たかおまえは覚えているか?
そうだ、鉛色の寒々とした室内に据えられた四柱式寝台にひとり味気なくも取りのこされ、そのきわには痩躯の術者が喬木のようにたたずんでいた。
焼いた石のごとき鉄黒を目框にたたえた少女は、いくども「鶸茶が死ぬ」とくり返した。
死んでしまうと訴えた。
とりつく島もない面差しをいつでもぶら下げる孤老の少女にして、一条の痛苦をすら滲ませてそう反復したのだ。
(死なないよ)鶸茶は述懐する。
もう二藍はいってしまったがだれでもない彼女にそういって聞かせたかった。
死にはしない、ただひたすらじくじくと昏い不愉快な中熱がひかないだけだ。
二藍と情を通じればこれがおさまるかもしれないと思ったのだ。
(死ぬんだよ)ところでそう声をかけたのはそばにたたずんでいた痩躯の男だった。
(きみはグレナーデンの気にやられた。
そのぬるりとした温かい悪気はきみのなかでいまにも増殖と腐食をはじめる。
宙いっぱいに浮標し四隅にもとぐろを巻いているあれらが見えないか。
シュウシュウと音をたてて笑ってさえいるじゃないか。
きみには見えないのか、鶸茶?)
(なんのことだ)鶸茶はささやき返す、(グレナーデンとはだれだ)
瞬刻ためらいがあったが、やがて、二藍の情人だ、と答える。
(情人?)
(そうだ)
(ちがうよ)
(ちがわない。
わたしやきみがこの世に生を授かるよりはるか100年も200年もまえからの愛人だ)
自分のことばにほとほと滑稽を感じたのか、しまいにくつくつと裏葉は暗鬱な笑いを笑った。
(ちがう)頑迷に鶸茶はくり返す、ちがう。
ぎしりとひとつ音をたてて裏葉は半身を寝台にあずけ、大腿のなかでむき出しになったままの鶸茶のしおたれた陽物をやさしく撫でさすってやる。
少女のなかに入ることの許されなかった血のかたまりだった。
(きみのことを知っていた。
もっともきみのほうこそ、わたしのことをいつでも剣呑な目つきで追いすがってはいたが。
どれだけきみが愛してきたか、あのちいさな少女をかつえ求めてきたか、よく知っている。
それはわたしも同じで、息がとまるほどこうも冀求してきたのに、追いつかない、どうしたってぜったいに彼女には追いつけないんだ。
わたしは二藍の命をうけこの家に招かれたが、いかにもわたしでなければだめだといって呼ばれはしたが、それは誰憚ることなく彼女を愛することのできる許可証をわたしに授けるためではけしてなかった。
二藍がわたしを呼んだのはひとえに彼女が自分の死を予測したからだ。
幸か不幸か、わたしを上まわる力をもつ術者がこの地方にはいなかったので、ほかでもないわたしが呼ばれただけのことだ。
みずからの命の終焉を正確に察知したから、わたしを墓守にさせるために招いたんだ。
わたし自身を彼女の棺のこれ以上ない強固な錠前に起用したんだ!
彼女の命運がつきたときわたしはその棺に錠をかける。かならずそうする。
それがこの家に呼ばれたときの、まずもって違えることのできぬ第一義の約定だった)
力なく鶸茶は首をふった、もうひとつもこんな話を聞いていたくなかったのだが、肺臓につまった得体の知れぬかさつくものがじわじわと視界をおびやかしはじめてもいたからだった。
(つらいだろう)なだめる掌を休めずに裏葉は、
(きみが忘れないかぎりその苦痛はずっとつづく。
いまきみの肺いっぱいに巣くいはじめているのは、あのぬばたまの両眼をもつ男の放った気だよ。これらが、)
いいさし、さえざえとした熨斗目色の目で四囲の塵めいたわだかまりを示す、
(なにもしていないと放言してはばからなかった男の、これが無意識だろうがつまらぬその結果だ。
きみが彼女との記憶を身内にかかえているかぎりは両肺は圧されつづけ、しまいには死ぬだろう。
二藍がいったようにきみはまちがいなく死ぬんだ)
(「森 26」につづく)
| スレートグレイ・シリーズ | 2009-11-20 | comments(-) | TOP↑