悩まない男

奇妙な18禁は続く。

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森 25(スレートグレイ 10)(15禁)

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紙のごとき、からだを裂かれるにも似た苦痛を強いているのはだれでもない鶸茶のはずなのに、裏葉にささやきかけるその声はやさしい、甘い、欲しくて欲しくてたまらない知音にたいする喃語めかしてかすれて溶ける、ふれあっている下肢はどこからどう連絡されるものだかおそろしい興奮を確と伝えていて、とうに痛いほど強直していた。
抱きとめられ、爪を鶸茶の二の腕にぎゅっと食いこませたまま、もどる、と裏葉はつぶやいた。
ついで「来る」とポツリいい落した。
それが、ここまできてやっと鶸茶にも施与された解答だった。


さあ、もどってきたものを迎えよう。
どこまで見たかおまえは覚えているか?
そうだ、鉛色の寒々とした室内に据えられた四柱式寝台にひとり味気なくも取りのこされ、そのきわには痩躯の術者が喬木のようにたたずんでいた。
焼いた石のごとき鉄黒を目框にたたえた少女は、いくども「鶸茶が死ぬ」とくり返した。
死んでしまうと訴えた。
とりつく島もない面差しをいつでもぶら下げる孤老の少女にして、一条の痛苦をすら滲ませてそう反復したのだ。
(死なないよ)鶸茶は述懐する。
もう二藍はいってしまったがだれでもない彼女にそういって聞かせたかった。
死にはしない、ただひたすらじくじくと昏い不愉快な中熱がひかないだけだ。
二藍と情を通じればこれがおさまるかもしれないと思ったのだ。
(死ぬんだよ)ところでそう声をかけたのはそばにたたずんでいた痩躯の男だった。
(きみはグレナーデンの気にやられた。
そのぬるりとした温かい悪気はきみのなかでいまにも増殖と腐食をはじめる。
宙いっぱいに浮標し四隅にもとぐろを巻いているあれらが見えないか。
シュウシュウと音をたてて笑ってさえいるじゃないか。
きみには見えないのか、鶸茶?)
(なんのことだ)鶸茶はささやき返す、(グレナーデンとはだれだ)


瞬刻ためらいがあったが、やがて、二藍の情人だ、と答える。
(情人?)
(そうだ)
(ちがうよ)
(ちがわない。
わたしやきみがこの世に生を授かるよりはるか100年も200年もまえからの愛人だ)
自分のことばにほとほと滑稽を感じたのか、しまいにくつくつと裏葉は暗鬱な笑いを笑った。
(ちがう)頑迷に鶸茶はくり返す、ちがう。
ぎしりとひとつ音をたてて裏葉は半身を寝台にあずけ、大腿のなかでむき出しになったままの鶸茶のしおたれた陽物をやさしく撫でさすってやる。
少女のなかに入ることの許されなかった血のかたまりだった。
(きみのことを知っていた。
もっともきみのほうこそ、わたしのことをいつでも剣呑な目つきで追いすがってはいたが。
どれだけきみが愛してきたか、あのちいさな少女をかつえ求めてきたか、よく知っている。
それはわたしも同じで、息がとまるほどこうも冀求してきたのに、追いつかない、どうしたってぜったいに彼女には追いつけないんだ。
わたしは二藍の命をうけこの家に招かれたが、いかにもわたしでなければだめだといって呼ばれはしたが、それは誰憚ることなく彼女を愛することのできる許可証をわたしに授けるためではけしてなかった。
二藍がわたしを呼んだのはひとえに彼女が自分の死を予測したからだ。
幸か不幸か、わたしを上まわる力をもつ術者がこの地方にはいなかったので、ほかでもないわたしが呼ばれただけのことだ。
みずからの命の終焉を正確に察知したから、わたしを墓守にさせるために招いたんだ。
わたし自身を彼女の棺のこれ以上ない強固な錠前に起用したんだ!
彼女の命運がつきたときわたしはその棺に錠をかける。かならずそうする。
それがこの家に呼ばれたときの、まずもって違えることのできぬ第一義の約定だった)


力なく鶸茶は首をふった、もうひとつもこんな話を聞いていたくなかったのだが、肺臓につまった得体の知れぬかさつくものがじわじわと視界をおびやかしはじめてもいたからだった。
(つらいだろう)なだめる掌を休めずに裏葉は、
(きみが忘れないかぎりその苦痛はずっとつづく。
いまきみの肺いっぱいに巣くいはじめているのは、あのぬばたまの両眼をもつ男の放った気だよ。これらが、)
いいさし、さえざえとした熨斗目色の目で四囲の塵めいたわだかまりを示す、
(なにもしていないと放言してはばからなかった男の、これが無意識だろうがつまらぬその結果だ。
きみが彼女との記憶を身内にかかえているかぎりは両肺は圧されつづけ、しまいには死ぬだろう。
二藍がいったようにきみはまちがいなく死ぬんだ)

(「森 26」につづく)

| スレートグレイ・シリーズ | 2009-11-20 | comments(-) | TOP↑

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バレンタイン・デー(18禁)

重苦しい頭で眠りから目覚めたのは9時に近い。
厚いカーテンがぴったり閉めきられ暗暗とした室内で、唯由にはいまが午前なのか午後なのかすぐには判然としない。
机上のパソコンはモニタこそブラックアウトしてはいたが、電源が入りっぱなしで力なく投げだされている。
長時間プログラムのバグ取りをつづけていたのだ。
とうぶんPCは見たいと思わなかった。
べつにバレンタイン・デーだからというわけでもなかろうが、父母はうちそろって一泊旅行へでかけている。
いつものことなのだ。
つねであれば母がとうに夕飯だと階下からさけんでいる刻限だった。
空腹は感じなかったが喉のかわきをおぼえ台所へむかう。


姉のせつなげなきれぎれの声がもれきこえてきたのは、キッチンのほうにだけ灯りがともされていたひんやりしたうすぐらい居間からだった。
階段をおりきったところでぴたりとたちどまった唯由の耳に、姉のほそい声がせわしげな呼吸にまじり、うわごとのようにくりかえされている。
もうひとつのひくい声もつたわってはくるがなんといっているのかはききとれない。
ぶつかりあう濡れた膚の音と、長椅子がきしんで床をこする耳障りな音だけだ。
男のひらいた爪先だけしか目にはいらなかったが、それが姉の情人だとはもちろん顔を確認せずともわかっていた。
つねにたおやかで大人しい女である姉がこれ以上はないほど性急な媚びをふくんで、いや、いや、と男をもとめていた。
いっきに心拍数があがったのをみとめないわけにはいかなかったが、同時に言いしれぬ憤怒に打ち倒されそうにもなった。
いずれ姉と結婚するだろうこの久能木という男を、唯由は好意をもって見ていられたためしがなかった、ただの一度として。
なぜほかでもない自宅の居間で自分がきびすを返さなければならないのか業腹だったが、きょうだいの濡れ場にのりこんでことを紛糾させるほど莫迦でもなかった。


あえて忍び足で階上にもどったつもりではなかった。
だが久能木には気づかれたらしかった。
ぐちゃぐちゃにひっかきまわされた心持ちをなんとかしずめようと、嘔気のおこりそうなくらい努力しつづけたほんのいっときのあいだに、この久能木という男はかれの姉とのあの情事にぜんたいどうけりをつけたものか、遠慮会釈もなく階上にあがってきたのだ。
唯由はことばをなくした。
なんです、と歯のすきまから押しだすようにいった。
とげとげしい口調だというなら、それ以上に久能木の双眸はつめたいものだった。
扉がまちにとがった肩をもたれかけ、口のはたをちくりとつりあげる男だった。
この男が自分にしかこんな笑いかたをよこさないことはよく知っている。
けしてととのった造作ではないのだが、どこかはずれた色気というのがこの久能木という男にはただよっており、そういうところに女はひかれるのだろう。
「盗み見はやめておくんだな」ぬけぬけと久能木はつぶやく。
これ以上おかしな台詞があるだろうかと、唯由は煮えた頭のすみでげらげら笑いだしたくなった。
姉のからだのなかにいまのいままで侵入していた男だと思う。
吐精をおえたばかりの物憂さをたたえた、この男のほかでもない陽物にまみれているのは姉の何だ?
姉の陰にじっとりと沈殿しているのは男の何なのだ。


唯由の表情に露骨にその心中があらわれたのだろう、じぶんよりかなり大柄であることなどおかまいなしに、久能木はずいと眼前の青年にやせたからだをよせると、腕をのばしてあいてのジーンズのへりを手前にひいた、と同時にその胸ぐらをかるく突いた。
バランスをうしない唯由は腰から床へころがされた。
息がとまる衝撃に体勢をととのえることもできなかった。
おまえが、と久能木の声がおおいかぶさるように伝わる。
「おまえが気に入らない。さいしょからずっと気に入らなかったよ。
おまえがおれを気にくわないようにさ。そうだろう?
はじめて会ったときから、おまえはおれのことがかけらも気に入らなかっただろう?
聞こえてるか? 唯由。
どうしておまえがおれのことを気に入らないのか、おまえは自分でわかってるのか?」
唯由を床にぬいとめたまま、久能木の左手が青年のジーンズのふところをくつろげ、いまや萎縮してしまった一物をひっぱりだした。
混乱し瞠目している唯由のそれを掌におさめると、かれはなんの予告もあたえずにだしぬけに力をこめて陰嚢ごときつく握りつぶした。
痛みと本能的な恐怖で唯由は全身が凍りついた。


「なんでおれをきらうのか、ちゃんとわかってるだろう?
これを、おまえは美夏のなかに入れたいんだよな?
おれがしたように、美夏のなかにどろどろした濃い精液をしたたかぶちまけたいんだろう?
おまえは美夏と狂うほどセックスしたくてしょうがないんだ。
だからおまえはおれをきらうんだよな、唯由?」
はなせ、と冷たい床のうえで唯由はささやいたがあいての耳にはとどいていなかった、もっとも、唯由自身の耳にも聞こえなかったから、やはり声にはなっていなかったのだろう。
「おまえは美夏といくつちがうよ? 5つか、6つか?
その歳ならもう女と1度や2度は寝てるだろうが、あいての女は怒りださなかったか?
女は莫迦じゃない。
自分と寝てる男の見てるものがなにか、そんなことはすぐに気づく。
女にはいい迷惑だよ」


中学2年生に進級する直前の春休み、唯由と美夏は交通事故にあった。
歩行中、信号無視の車にはねられかけ、唯由をかばう形になった姉が大怪我をおった。
唯由、とやぶれたしろい膚をつたう血のなかからたえだえにかれの名をつぶやく姉の声を、唯由はおそらく死ぬまで忘れることがないだろう。
ほとんど負傷のなかったかれは、その晩、自分でもわけのわからない興奮にせきたてられるままに夜通しはげしい自慰にふけりつづけた。
どれほど絶頂をむかえても重苦しい凝った下腹の熱がおさまることはなく、しまいには鼓動がとまるのではないかと恐れた。
交通事故という異常な体験をしたせいだと思っていた。
こんな正気をうしなうほどの高まりにさらわれそうになるのはそのせいだと。
だが、自分に深々とのしかかっている男が指弾する。
自分と寝ている男の見ているものが何なのかと。
女と寝ていたとき、自分をはるか高みまで導いていたものが、あのささやき声と、血のなかにのぞく傷ついたやさしい瞳ではなかったとどうして断言できるのか?
かれをせきたてたのは、いつでも赤、赤、赤だった。
ほかのだれでもない、姉のからだと精神を支配し、こちらの腰がどうにかなりそうな甘い声を彼女にあげさせるこの男が、それを暴く。
やすやすと暴き、容赦なくさらけだす。


昏い双眸をかれにつきつけながら久能木の声はなおも執拗に積まれていく。
「おまえのなかに入れてやったら、どんなに気持ちいいだろう?
おまえの肉をこじあけて、おれの陽物を奥までねじりこんで内臓がやぶれるほどつきあげてやったら、どれほど気持ちがいいだろうな?
姉貴と寝たがってる、姉貴と死ぬほどセックスしたがってる、おまえをめちゃくちゃにしてやったらいったいどれだけの快感を得るだろうかと思うよ」
おれは美夏を手放さない、あいにくだったな、といっそやさしいほどの声で唯由の耳元につぶやいた。
「おまえはどうする、唯由?」
男の問いかけに唯由は数秒思案した。
思案してどうにかなるのかとかたく瞼をとじたまま。

(2008/02/16)

| 掌篇 | 2009-11-18 | comments(-) | TOP↑

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作りつけの暖炉なら静謐なものだ。
これこそは主人の心情を巧妙にまた慎重に慮るものだ。
パチパチと氷が燃えてはぜる。
はじめに夫の手によってざっくりと斟酌もなく割られた。
それまでは鋭角的で気随気ままな形をもって世を謳歌していたものを、だれにとっても春は常世でないのだから、氷たちにだってその理屈を適用させてしかるべきだというのがそのいいぶんだった。
それぐらい見逃してやったらというわたしの理屈はうつろに宙にうく。
まあいい。こうもそれらを燃やしているおかげでこの熱夜にいっときの涼をえている。
わたしのちいさなこども、それは主人にとってもまずまちがいなくこどもであるのだが、かれはその子をつかまえて最前からテーブルにはりついている。
なんのまねだと問えばひくりと片眼をつぶる。
その目は左右極端な色ちがいだ。
わたしの好きな黄の目がみごとにふさがれてしまった。
このすばらしい目はそっくりこどもに継がれた。
じっと見入るうちにかるい幻惑をおぼえるたぐいのものだ。


こどもはテーブルのうえの、主人のカップのうえにおかれた主人のほっそりした掌にその目で見入っている。
黄の目。金色の目。掌がくるりとひっくりかえされる。カップがある。
カップの底からかすかにとどくいきものの声。
氷の燃え落ちる音のきしみにも酷似していないか。
あなたそれはちゃんともどしておいてよねと諫めてものぞむ返答がない。
こどものやわらかい顎をふいとつかまえて上向かせ、唇をかさねて離した。
そのまま二度、三度と唇を吸ったものだからとうとうこどもは笑いくずれてしまった。
おとうさん、口、と舌足らずにのせることばのなんと可愛らしいこととどこかの星のいう。

(2008/08/07)

| 掌篇 | 2009-11-18 | comments(-) | TOP↑

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指(18禁)

体内をえぐられるこの感覚をどういったらいいだろう。
圧倒的な質量が熱をまきちらしながら内臓を押しあげては、ずるずるとなぞってゆくこの感じを。
まるで肺のあたりまでとどいているかのようだ。
下迫、とわたしはひとまわりも年少の男を呼んだ、達したかったからなんども懇願したのにかれの掌はわたしの陰茎をつかみしめたままで解放させようとしなかった。
容貌魁偉というにふさわしい下迫という男は190近くも身の丈があり、また目も鼻も口元もすべてのパーツがおおきく、おそろしくいかつい印象をいだかせた。
そのダイナミックさはどこか異国人めいてさえいた。
これで21だというのだから恐れ入る。
下迫の節くれ立った指が、わたしの、わたしの母を撃った掌を、あざができそうなほどつかみしめている。
かれは行為のさいちゅうでも倦かずわたしの指を愛撫していた。
指先をなぞり、付け根をこすった。
田門さん、田門さん、と下迫がくりかえしささやく。
わたしのことを可愛いと……12も年上の男にむかってそんな睦言をくりかえしている。
わたしの指を愛撫するのが好きでたまらないらしい。


母を撲った。
会社先に金の無心にきた。
もうつきあってはいられないと、あなたの無神経さに、自分勝手さにわたしはつきあってはいられないと、殴った、わけではなかったが、掌で、指先ではじきとばしたかたちになった。
母の顔。
それでも息子かとまなじりをつりあげた実母の顔がそこにある。
下迫、とかすれるほどさけんで、わたしはかれの腹のしたで腰をゆすりあげた。
ちいさくうめき、かれはすこしだけ四肢をもちあげる。
かれの指がわたしの雁首につめをたててこじあけるように回転させると、もう母の顔も、
その手前をゆらいでいた自分の冷酷な指も正体をなくし、たちまちあらたな色彩にぬりこめられていった。


あんたのすることなら、と下迫はわたしのくちびるのすぐそばで言葉をかさねる。
ほかのだれがだめだといっても、おれは好きだから、そんなたわいもないことをくりかえしている。
ほかのだれがどういおうと、あんたの味方だよ、さいごまでおれは、とつぶやいているのは下迫というこの化け物めいた大柄な男だ。
なにもかもをつかみ引きよせる、ごつごつした太い指の持ち主の。
あんたのこのきれいな指が、たとえだれかの腹をきりさいて、臓物をひきずりだすようなことがあっても、と、かれは笑いながらつけくわえた。
気持ち悪いことをいうなとわたしは笑いかえそうとして失敗した。
なにか顔の奥に鋭角的な痛みがはしった。
わたしは泣きだした。

(2008/02/23)

| 掌篇 | 2009-11-17 | comments(-) | TOP↑

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喬木限界

母の声をもう聞いていたくなかったから美彌をそこからひっぱりだした。
ゼンマイがきれたようにゆがんだ顔とほそいからだが不均衡に凍るのが目の隅にうつった。
つれていくな、美彌をつれていくなとさけんでいたがかまわなかった。
ちいさな妹の手をむりやりひきよせて家をでた。
どうしてあんなことばをなげつけるのかわからない。
妹はちゃんと口がきける、ものがいえる、
なのにその口をみずからふさがせているのだと思った。
そのうちついに美彌は口もきかなくなるだろう。
ちいさな顔はなんだかつくりものめいた仮面のようだった。
ととのっただけのつるんとした置物にそっくりだった。
美彌、と声をかけた。
感情が麻痺しているのかまぶたのゆらぎがおそろしくゆったりしていた。
二呼吸の合間にやっと片瞼がぱさりと膚をたたくのがわかった。時間軸がちがう。
このちいさな9つちがいの妹のひえた頬と耳とに、ほかでもない確認のためにぎこちなく手をやった。
道のさきにある喬木を見つめているのか、それともそのさきのなにかをおっているのか。
なにもわからない。
ぼくが彼女の声を耳にしなくなってからずいぶんたった。


学校から帰宅すればまた母のさけび声だった。
彼女の顔はぎりぎりとふりしぼった白いタオルのようだった。
からだはおれまがった針金にそっくりだった。
彼女はぼくの名前も放ってよこしたが、それが眼前で氷みたいにあっけなく溶融するのがよくわかる。
あんたは、とぼくはいった。
ぼくにそっくりなあんたはとことばがつまって喉をふさぐ。
美彌はこわれる寸前だ。
ぼくたちがこわすのだ。あんたとぼくとのふたりで破壊するのだ。
美彌の腕をつかんだ。なんだか体温が極度にさがっている。
水分だらけでできあがっている人間のからだとはとても思えないほど奇妙にかさついている。
美彌は傀儡のようにあるきだした、彼女の瞳はまっすぐ、ただ道なりにかすむ喬木をおっている。
こちらの腕がひきちぎられそうだった。
美彌が憎まれるのはおまえのせいじゃない。
母が美彌を憎むのはおまえのせいじゃない。
口をとざしてしまったのはおまえのせいじゃない。


すべるようにすすんでいく。
ぼくの妹だ。そして目のなかの霞めいたものがじょじょにうすれてゆけば、美彌はもはやこちらのものではなかった。
あの道のゆきどまりに立つ喬木の背後にたたずんでいる若木を知っている。
たったいま見つけた。
植物なら口をきかなくてもいいんだろう。

(2008/05/17)

| 掌篇 | 2009-11-17 | comments(-) | TOP↑

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